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東京地方裁判所 平成元年(ワ)878号 判決 1991年5月27日

原告

石井道春

右訴訟代理人弁護士

黒岩哲彦

小笠原彩子

伊藤芳朗

安部井上

岡崎敬

小島滋雄

高畑拓

中川重徳

森野嘉郎

被告

学校法人修徳学園

右代表者理事

石渡経夫

右訴訟代理人弁護士

小林英明

小口隆夫

小林信明

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇八万四七〇〇円及びこれに対する昭和六三年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主たる請求の金額を七五三万七五〇〇円とするほか、主文第一項に同じ。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  原告は、昭和六一年四月、被告の設置する修徳高等学校(本件高校)に入学し、同六三年二月当時、第二学年に在籍していたところ、当時の被告理事であり、本件高校の校長高山近(高山校長)は、同月三日付け(同月八日到達)をもって、無届で免許を取得したこと及びバイク(自動二輪車又は原動機付自転車をいうが、以下両者を含む意味で用いることもある。)に乗車したことを理由として、原告を退学処分(本件退学処分)とした。

2  本件高校の学則は、賞罰に関する事項について、一九条で「学校長は左の各号の一に該当する者に退学を命ずることがある。①性行不良で改善の見込がないと認めた者②学力劣等又は身体虚弱で成業の見込がないと認めた者③正当の理由なく出席常でない者④学校の秩序を乱し、その他生徒としての本分に反した者」、二〇条で「生徒で校則に違反し、又は不都合の行為のあった場合はその程度によって左の懲戒を行う。①訓告②停学③退学」と規定している。

また、本件高校では、「本校の生活指導について」と題する生活指導規定(本件生活指導規定)が定められ、その四条で「自動車類(原付・自動二輪・普通)免許の取得は、如何なる理由でもこれを認めない。ただし、高校三年三学期卒業考査以降ならば、普通免許に限り、学校に届出の後、教習所での受講を認める。就職希望者で免許の必要な場合は別途考慮する。免許を取得した者は、学校に届出のうえ、登録しなければならない。この規定に違反し、無届での免許取得または乗車が発覚した場合は、理由の如何を問わず退学勧告をする。」旨、九条で「事故者は生徒指導部会、職員会議などの協議を経て、校長の裁定により次の処置をする。学校の秩序を乱し、学則及び生活指導規定に違反し、その他生徒としての本分に反していると認められた者については、協議し処分する。特に、無届での自動車類免許取得及び乗車については、退学勧告をする。なお、処分には、訓告・停学・退学がある。」旨規定している。

二原告の主張(争点)

1  本件退学処分の違法性1――本件生活指導規定の違憲性

国民が運転免許を取得し、これを運転することは、憲法一三条の定める幸福追求権の一部である自己決定権の一内容として保障されている。憲法一三条の基本的人権保障規定は、私人相互間の関係についても、適用されると解すべきところ、道路交通法が許容している事柄である運転免許の取得及び生徒によるバイク乗車を禁止した本件生活指導規定四条及び九条は、憲法一三条に違反する。

憲法に違反する本件生活指導規定に基づいて行われた本件退学処分は、違法である。

2  本件退学処分の違法性2――本件生活指導規定の違法性

(一) 仮に、憲法一三条の規定が直接私人間に適用されるものではないとしても、私立高等学校は、公の性質を持つものであり(教育基本法六条、私立学校法一条)、私立学校法、私立学校振興助成法等により、公権的規制を受けていることからすると、私立学校と生徒間の関係については、憲法を直接適用する場合と同様の人権保障が図られるべきである。

道路交通法の許容する運転免許の取得及び生徒によるバイクへの乗車を禁止した本件生活指導規定四条及び九条は、憲法の趣旨に照らして極めて不合理なものであって、公序良俗に反する。

(二) 学校設置者は、学校の設置目的である学校内の教育活動に関する事項に限り、学則等を制定して在学する生徒を規律することができるのであって、右目的に関連しない事項について、学則等により生徒を規律することはできない。本件生活指導規定四条及び九条は、学校内の教育活動とは何ら関係のない学校外での生徒の私的生活を規制するのみならず、懲戒処分事由とすることにより、その遵守を生徒に強要しており、学校設置者の学則等の制定権能を逸脱するものであって、無効である。

(三) いずれにしても、本件退学処分は、無効な本件生活指導規定に基づくものであって、違法である。

3  本件退学処分の違法性3――裁量権逸脱

(一) 本件退学処分に至る経緯

(1) 原告は、昭和六一年一二月、自動二輪免許を取得し、同六二年五月、自動二輪車を購入したが、同年一一月、友人が自動二輪車運転中に交通事故死したことに衝撃を受け、右自動二輪車を売却するとともに、運転免許証を父親に預けた。

(2) 原告は、クラス担任である渡部雅也教諭(渡部教諭)から、昭和六二年一二月、授業中に名指しで免許証を持っているなら出すように言われ、翌日、同教諭に運転免許証を提出した。これに対し、同教諭は、今後バイクに乗車しないように原告を戒めたにとどまった。

(3) 原告は、昭和六三年一月四、五日ころ、近所に住む友人から原動機付自転車の修理を依頼されてこれを自宅に預り、同月九日ころ返却し、受領時と返却時の二度、これに乗車したものの、渡部教諭に免許証を提出した後は、右二回以外には、自動二輪車及び原動機付自転車に乗車していない。

(4) 原告は、昭和六三年一月二一日朝、職員室に呼ばれ、生活指導担当教諭である宮尾司教諭(宮尾教諭)及び渡部教諭から、バイクへの乗車の事実の有無を質問され、右免許証の提出以前の乗車の有無を尋ねられているものと思いこみ、これを肯定したところ、さらに、最近乗った日時と用件を書くように求められ、初めて右提出後の乗車の有無を尋ねられていることに気づいたものの、右肯定した返答につじつまを合わせて適当に日時と用件を記入した。

(5) 右同日、原告の母親石井和恵(和恵)は、呼出しを受け、渡部教諭らと面談し、同教諭らから、処分が決まるまで原告を自宅で待機させるよう指示された。和恵は、同月二二日、改めて本件高校を訪れ、高山校長及び渡部教諭に面会したが、その際、同校長らからは、いずれも、自主退学を前提とする話がされ、さらに、同月二五日、渡部教諭から、電話で原告を自主退学させるよう勧められたものの、納得できないので、自主退学はしないと答えた。

(6) 和恵は、同月二八日、自主退学しないのであれば、退学処分に異議がない旨記載した書面を提出するよう求められ、同女は、本件高校側が退学処分をなすまでの間に事実関係の再調査をすれば、処分に至ることはないものと考え、同日付けで退学処分に異議がないと記載した書面(<証拠>)を被告に送付した。

(二) 本件退学処分の裁量権逸脱

学校教育法一一条及び同法施行規則一三条が退学処分事由を限定していることからすると、退学処分は、当該生徒に改善の見込がなく、これを学外に排除することが教育上やむをえないと認められる場合に限って許される。

前記のとおり、原告は、渡部教諭に免許証を提出した後は、友人の原動機付自転車に二回乗車した以外、自動二輪車にも原動機付自転車にも乗っていないにもかかわらず、被告は、原告の申告をうのみにし、事実関係を確認しないまま、右申告に係る乗車行為を理由として本件退学処分を行った。

本件退学処分は、事実誤認に基づいているうえ、行為の態様、原告の性格及び平素の行状、行為の他の生徒に与える影響並びにこれを不問に付した場合の一般的影響等を考慮すると、著しく重きに過ぎ、かつ不公平で、校長の有する懲戒についての裁量権を逸脱した違法なものである。

4  本件退学処分の違法性4――手続的違法性

被告は、本件退学処分を行うに当たり、原告に対して何らの教育的指導を行っておらず、処分理由の告知・弁明の機会の付与も十分行っていないばかりか、職員会議での討議すら経ておらず、本件退学処分は、教育的適正手続に違反する違法なものである。

5  被告の責任

(一) 不法行為責任(私立学校法二九条、民法四四条一項)

高山校長には、被告理事としての職務の執行として、違法な本件退学処分を行った過失があるから、被告は、原告に生じた後記損害を賠償する義務を負う。

(二) 債務不履行責任

被告は、昭和六一年四月、原告との間で、本件高校において三か年の高等学校教育課程を履修させることを内容とする在学契約を締結したにもかかわらず、これに違背し、違法な本件退学処分を行ったのであるから、原告に生じた後記損害を賠償する義務を負う。

6  損害

(一) 物的損害 一四三万七五〇〇円

原告は、本件退学処分により、本件高校の教育施設を利用して高等学校教育課程を履修する機会を失い、そのため、高等学校卒業程度の学力を身につけ、大学入学資格を得るために大学入学資格検定の予備校である第一高等学院に通学することを余儀なくされ、その結果、標記の損害((1)と(2)の合計から(3)を減じたもの)を被った。

(1) 被告に納入した入学金等合計六三万二八〇〇円

(ア) 入学金 二〇万円

(イ) 施設設備費 七万円

(ウ) 後援会入会金 一万円

(エ) 第二学年時授業料等学費 三五万二八〇〇円

(2) 右予備校に納入した入学金等合計 一一五万円

(ア) 入学金 一六万円

(イ) 授業料(昭和六三年一〇月から平成二年三月までの一八か月分) 九九万円

(3) 被告に納入したであろう第三学年時授業料等学費合計 三四万五三〇〇円

(二) 精神的損害 五〇〇万円

原告は、本件退学処分により、高校中退という消しがたい汚名を受けることになり、大学入学資格を得るために大学入学資格検定を受けざるをえないという不安定な状態に陥るなど、多大の精神的苦痛を被ったが、これを慰謝するための金額は、五〇〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用 一一〇万円

原告は、原告訴訟代理人弁護士らに本訴提起を委任し、その弁護士費用として、着手金五五万円、報酬五五万円を支払う旨約した。

7  よって、原告は、被告に対し、不法行為あるいは債務不履行による損害賠償として金七五三万七五〇〇円及び右金員に対する本件退学処分の日の後である昭和六三年二月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三被告の主張

1  憲法一三条は、公権力に対する関係を規律するものであって、私人相互間に直接適用されるものではない。

2  本件生活指導規定は、左記の経緯で制定されるに至ったもので、その内容は合理性を有し、適法である。

(一) 昭和四〇年代初めころから、高校生のバイクによる死傷事故や非行が全国的に大きな社会問題となり、本件高校においても、同四五年ころから、バイクの購入目的のアルバイトのため、学業を怠る者や、バイクによる事故で負傷する者が現われるようになった。被告は、警察署の指導の下に交通安全教育の講演会、映画会を開催したり、担任教師による個別指導を行ったりするなどの対策を講じたが、さしたる効果を挙げることはできなかった。

(二) そこで、被告は、昭和四七年、生活指導規定を改正し、①免許の取得は三年の一学期以降に限り認める、②家事等の理由により、これ以前に免許を取得することを希望する生徒に対しては、父兄の申出により、担任と生徒指導部会の協議のうえ、許可を与えることにした。しかし、その後も生徒のバイクによる事故は漸次増加し、暴走族への加入により警察の補導を受ける者も出現したばかりか、同四七年、同四九年、同五一年、同五二年には、バイク事故による死亡者も出るに至った。

(三) 被告は、昭和五二年四月一日から、生活指導規定に違反して免許を取得した生徒に対し、原則として退学勧告をする方針を決定した。右方針については、本件高校の生徒の父母で組織される後援会も賛同を示し、父母に対し、協力を呼びかける運動を行った。

(四) 被告は、さらに、昭和六一年四月一日から、教習所での受講を認める時期を高校三年三学期卒業考査以降と改め、就職希望者で免許の必要な者については別途考慮する条項を追加した(現行の生活指導規定)。

(五) 右生活指導規定に基づく指導の結果、本件高校においては、生徒のバイクによる死傷事故は、昭和五二年以降一件も発生していない。

(六) 以上の経緯から明らかなように、バイクの免許の取得及び乗車を禁止する本件生活指導規定は、心身ともに未成熟な高校生がバイクによる事故で自他の生命、身体を傷つけることを未然に防ぐと同時に、生徒が暴走族に加入して不良化することをも防止しようという教育的配慮に基づくものであって、合理性がある。本件生活指導規定と同様、免許の取得及びバイクへの乗車の禁止を内容とする校則が全国多数の高等学校で定められており、PTA等多くの父母の支持を得ていることからしても、本件生活指導規定の合理性は明らかで、右規定は、適法である。

3  本件退学処分は、次のとおり、何ら校長の裁量権を逸脱するものではなく、懲戒処分として適法である。

(一) 原告による本件生活指導規定への違反の事実

原告は、(1)昭和六一年一二月自動二輪免許を取得し、同六二年四月自動二輪車を購入しており、(2)右取得後、渡部教諭に右免許証を預けるまでの間、自動二輪車に何度も乗車し、さらに、(3)右免許証の提出の後も、①原告自ら同六三年一月二一日同教諭らから尋ねられて認めたとおり、少なくとも三、四回、バイクに乗車しただけでなく、②その他にも、友人の原動機付自転車に乗車したものであって、免許の取得及びバイクへの乗車を禁止した本件生活指導規定に違反した。

(二) 原告の本件生活指導規定に対する軽視の態度

被告は、バイクの免許の取得及び乗車の禁止を教育方針として重視しており、受験案内、募集要項に右禁止を明記した上、入学試験の面接考査において、入学希望者に対し、右禁止規定を遵守できるかどうか、違反した場合には退学となることに異議がないかどうかを尋ね、右規定の遵守を確約した者だけに入学を許可している。さらに、被告は、本件生活指導規定を記載した小冊子を生徒及び父母に配布し、入学及び進級時には、右規定を遵守する旨の誓約書を生徒と父母の連名で提出させるなどして、右規定の徹底周知に努めている。

原告は、入学試験当時、右規定を遵守し、違反した場合には退学に異存がない旨確約し、第二学年進級時にも右誓約書を提出しているにもかかわらず、右規定に違反して免許を取得し、バイクに乗車したものであり、原告の右態度は、右規定に対する軽視の現れである。

(三) 原告による指導無視の態度

被告は、昭和六二年六月三〇日、生徒指導部会において、生徒に免許証提出を呼びかけ、一定期間内に提出した生徒には処分をしない方針を決定した。渡部教諭は担任する生徒に右決定を知らせて免許証の提出を呼びかけたが、原告は、これを無視し、免許証を提出しなかった。

(四) 原告の行為の悪質性

原告は、昭和六二年一二月、渡部教諭から休み時間中又は放課後(授業中ではない。)免許証を持っているのであれば提出するよう促されてこれを提出した際、同教諭から今後乗車することがないように厳重な注意を受けたにもかかわらず、その後一か月足らずの間に何度も免許証不携帯でバイクに乗車しており、態様が悪質である。

(五) 原告及び母親の反省態度

原告には、バイク乗車・免許取得について反省している様子がうかがえない。原告の母親も、渡部教諭らに対し、「乗らなかったことにしてほしい。」「自宅の庭でバイクをいじっていただけで、外には出ていない。」と発言するなど、反省の態度はうかがえず、家庭における原告の指導、監督も期待できない。

4  退学処分を行うについて、原告主張の教育的適正手続が法律上要求されているわけではないが、被告は、原告に対し、教育的指導、処分理由の告知、弁明機会の付与を十分行っており、退学処分の決定については生徒指導部会、職員会議の討議を経ているのであるから、何ら手続的違法はない。

第三争点に対する判断

一本件生活指導規定の違憲性について

原告は、憲法一三条の規定は私立学校と生徒間の関係についても適用されるべきであり、仮に私人相互間の関係については右規定が直接適用されるものでないとしても、私立学校が公の性質を有し、私立学校振興助成法等によって公権的規制を受けていることからすると、私立学校と生徒間の関係については、憲法を直接適用するのと同様の人権保障が図られるべきであると主張する。

しかしながら、憲法一三条の規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場合に相互に矛盾、対立する可能性があるが、このような場合におけるその対立の調整は、近代自由社会においては、原則として私的自治に委ねられているのであって、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、これに対する立法措置による是正、あるいは私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用による調整が図られる。

確かに、教育基本法六条は、「法律に定める学校は、公の性質をもつ」とし、私立学校法も一条において、「公共性を高めることによって、私立学校の健全な発達を図ることを目的とする」旨定めている。しかしながら、私立学校法一条は、同時に「私立学校の特性にかんがみ」「その自主性を重んじ」ることを定めているのであり、私立学校では、国・公立学校に許されていない宗教教育をすることも認められる(教育基本法九条、学校教育法施行規則二四条、五五条)こと等から考えても、私立学校が公共性を有するからといって、直ちに私立学校を国又は公共団体と同視したり、私立学校と生徒間の関係については、他の私人相互間とは異なって、対公権力と同様の人権規律が適用されるものと解したりすることはできない。

また、私立学校法五九条は、「国または地方公共団体は、教育の振興上必要があると認める場合には、別に法律の定めるところにより、学校法人に対し、私立学校教育に関し必要な助成をすることができる。」とし、これを受けて私立学校振興助成法(私学助成法)は、国又は地方公共団体が補助金の交付及び貸付金その他の助成をしうることを定め、同時に一二条において、所轄庁が助成を受ける学校法人に対し一号から四号に掲げる措置をする権限を有することを規定している。右規定は、学校教育において、私立学校の果たす重要な役割に鑑み、国又は地方公共団体が国民に対し憲法二六条一項の教育を受ける権利を実質的に保障するため、私立学校における教育条件の維持向上と私立学校に在学する生徒等に係る就学上の経済的負担の軽減を図る目的で定められたものと考えられる。このような私学助成の趣旨・目的に加えて、私学助成法一二条の定める所轄庁の権限が、(1)一定の場合における業務・会計報告等(2)収容定員超過に対する是正命令(3)一定の場合における予算変更勧告(4)法令等に違反した役員の解職勧告に限定されており、しかも(2)ないし(4)の措置をするについては、予め当該私立学校に告知・弁明の機会を与え、私立学校審議会又は私立大学審議会の意見を聴くことが必要とされている(同法一三条)ことからすると、私立学校の事業の運営に対し、公権力の高度の規制が及んでいるものとは到底いえない。そうすると、補助金等の支出があるからといって、直ちに私立学校を国又は公共団体と同視したり、私立学校と生徒間の関係については、対公権力と同様の人権規律が適用されるものということもできない。

以上によると、本件生活指導規定が憲法一三条に違反するとの原告の主張は、道路交通法との関係を見るまでもなく採用することができず、右憲法違反を理由として本件退学処分の違法をいう原告の主張は、前提を欠く。

二本件生活指導規定の違法性について

原告は、本件生活指導規定は在学関係設定の目的と無関係な事項について、社会通念上不合理な内容を定めたものであるから、無効であると主張する。

1  団体は、その結成目的を達成するため、当該団体自ら必要な事項を定め、構成員等当該団体の内部を規律する権能を有する。高等学校も、また、生徒の教育を目的とする団体として、その目的を達成するために必要な事項を学則等により制定し、これによって在学する生徒を規律する権能を有し、他方、生徒は、当該学校に入学し、生徒としての身分を取得することによって、自らの意思に基づき当該学校の規律に服することを承認するに至る。もとより、学校設置者の右権能に基づく学則等の規定は、在学関係を設定する目的と関連し、かつ、その内容が社会通念に照らして合理的なものであることを要する。学則等の規定の内容が合理的なものであるときは、その違反に対しては、教育上必要と認められるときに限り(学校教育法一一条)、制裁を科することができ、これによって学則等の実効性を担保することも許容され、制裁が生徒の権利や自由を制限するというだけで、右規定が無効であるということはできず、もとより、右制裁が科される結果、生徒が一般法令上禁止されない行為について制限を受けることとなっても、そのために、学則等の規定の合理性が左右されるものではない。

2  そこで、これを本件生活指導規定についてみるに、前記の争いのない事実に加え、<証拠>並びに弁論の全趣旨とを併せ考えると、次の事実が認められる。

(一) 本件高校の教育方針等

本件高校は、明治三七年にその前身が創立され、昭和二三年、学制改革に伴い、新制高等学校となったもので、「学校教育法に基づき、中学校を卒業した者を心身共に健全で自由しかも責任感に富む公人に育て上げること」を目的とし、①質実・剛健②勤勉・努力③謙虚・貞順をその教育方針の基本としている。

(二) 本件生活指導規定の内容

本件生活指導規定は、自動車類(原付・自動二輪・普通)の免許の取得及び運転を禁止し、就職希望者で免許の必要な者に限って、個別に免許の取得を認める旨定めている。また、右規定は、学校の秩序を乱し、学則及び本件生活指導規定に違反し、その他生徒としての本分に反していると認められた者に対しては、生徒指導部会、職員会議等の協議を経て、校長の裁定により、訓告・停学・退学の処分をする旨定め、特に無届での自動車類の免許を取得し、又は乗車をした者に対しては、退学勧告をするものとしている。

(三) 本件生活指導規定制定の経緯

(1) 本件高校では、昭和四〇年代当初、自動車類の免許の取得について申告すればこれを認めており、免許の交付を受けるための欠席を公務欠席の扱いとするなどの便宜をも図り、免許証の所持者に限らず、生徒に対する交通安全教育のため、警察署の協力を得て、交通安全の講演会・映画会を実施し、免許証の取得者に対しては、担任教師による個別指導を行うなどしていたが、昭和四五年ころから、バイクの乗車事故のために体育の授業に参加できず見学する者が増加し、また、バイクの購入のためにアルバイトに従事する者が増加していることが指摘されるようになってきた。右経緯から、被告は、バイク事故から生徒の生命、身体を守り、併せていわゆる暴走族への加入等による非行化を防止して、生徒を勉学に専念させる目的で、昭和四六年、生活指導規定を改正し、生徒の免許の取得を原則として禁止した。改正後の規定では、①自動車類免許の取得は三学年の一学期以降に限り認める、②家事等の理由でこれ以前に免許の取得を希望する生徒に対しては、個別に許可を与える、③これに違反し、あるいは事故を起こしたものに対しては、厳重注意や処分をすることもある、等とされた。

(2) その後昭和四九年には、本件高校の生徒二名がいわゆる暴走族として警察に補導され、また、昭和四七年には、バイク事故による死亡者も現れ、以後昭和五二年までに合計五名がバイク事故で死亡した。このような事情から、本件高校においては、生徒の生命、身体をバイクによる交通事故から守るための対策が検討され、事故の写真、実例などを示して教師から生徒、保護者に事態の重大さを理解させるように努めるほか、生活指導規定に違反してバイクの免許の取得やこれへの乗車をした者に対し、厳しい態度で臨むべきではないかとの意見が出されていた。特に昭和五二年には、同年一月、バイク事故で死亡した生徒の父親が被告に寄せた小稿の中で、子にバイクを買い与えたことを後悔する気持を切々と訴えると同時にバイクの危険性を指摘し、本件高校の生徒に対し、絶対乗車しないようにと呼びかけたことも大きな契機となって、生徒指導部会において、自動二輪免許の取得者は即時退学とする旨決するとともに、右免許を取得せず、右取得の事実が発覚したときは退学する旨を誓約する書面を生徒及び父母から提出させることとしたほか、被告は、昭和五二年四月、生活指導規定を改正し、無届で免許を取得した者に対しては、退学を勧告するとの条項を追加した。

本件高校の生徒の父母の間でも、バイクに乗りたがる子供を家庭で説得することは困難であるとして、学校側による規制を希望する声が強かったことから、右父母で組織される後援会も、右改正に賛同の意を表明し、全校生徒の父母に対して、バイク禁止に協力を呼びかけるに至った。

(3) 被告は、その後数回、多少の手直しを加え、昭和六一年四月一日、現行の本件生活指導規定とした。

なお、本件高校においては、昭和五二年以降一件もバイクによる死傷事故が発生していない。

(4) 被告は、前記経緯からバイクの免許の取得、乗車の禁止を教育方針として重視しており、入学希望者に対し、募集要項、入学面接試験等において本件生活指導規定について説明をしているほか、入学後右規定を記載した小冊子を配布し、入学及び進級時には、右規定を遵守する旨の生徒と父母連名の誓約書を提出させるなどして、その周知徹底に努めている。

(四) 全国的動向

(1) 昭和五〇年代半ばころから一〇代の若者のバイクによる交通事故の多発が大きな社会問題となり、次第に生徒による免許の取得等について規制する高等学校が増加し、昭和五六年には、全国で三一府県が高校生の免許の取得・バイク乗車について何らかの規制を設けるに至った。全国高等学校PTA連合会も、昭和五七年八月、青少年の生命の安全を守る見地から、「免許を取らない」、「乗らない」、「買わない」といういわゆる三ない原則として、高校生のバイクの免許の取得及び運転を原則として全面禁止する等の対策を実施することを宣言した特別決議を採択した。

また、文部省が日本交通安全教育普及協会に委嘱して昭和六一年三月に全国の高等学校を対象に調査した結果によると、自動二輪車の免許の取得については、77.8パーセントの学校が、原動機付自転車の免許の取得については、30.7パーセントの学校が、それぞれこれを全面的に禁止している。

(2) しかしながら、その後、右のように、一律にバイクの免許の取得等を禁止する措置について、かえって、学校に隠れて免許を取得したり、バイクに乗車したりする者も生じ、これらに対して学校として適切な指導がされないこととなり、生徒を事故の危険から守ることができないとの批判から、生徒による免許の取得を認め、学校内における免許の取得者の実情を把握した上でこれらに対する交通安全や生命の大切さに関する積極的な指導をするのが望ましいとしてこれを実践する学校も増加してきた。また、平成元年度における高校生の交通事故死者が全国一多く、バイクの免許の取得等を規制することによってこれを減少させる方針を採ってきた神奈川県においても、平成二年五月、交通安全教育の充実を高校生自身や家庭、学校の自覚と責任に委ねる趣旨を教育行政当局が明確にしたことが報道されるようになった。文部省による平成元年三月における調査によれば、自動二輪車については69.8パーセント、原動機付自転車については22.8パーセント、の高等学校が免許の取得を全面禁止しているが、右禁止している学校の割合は前記調査に比べると、自動二輪車では七パーセント、原動機付自転車では7.9パーセント減少し、バイクの免許については条件付で容認し、又は規制しない学校の割合が増加している。

3(一) 右認定事実に徴すると、本件生活指導規定は、本件高校において、生徒がバイク事故により死亡し、また、いわゆる暴走族として警察から通報を受ける生徒も生じていた事実をふまえ、バイク事故から生徒の生命、身体を守り、併せて生徒がいわゆる暴走族に加入する等して非行化するのを防止し、生徒を勉学に専念させることを目的として、生徒によるバイクの免許の取得及び乗車の禁止を規定しているものと認められる。

在学関係を成立させる目的が生徒に教育を施すことであることからすると、学校設置者は、右目的に関連する限りでは生徒の校外での活動についても規律することができると解されるところ、特に高校生の場合には、その年齢等からみて心身共に未だ十分には成熟しておらず、人格形成の途上にあり、また、校外におけるバイクへの乗車といえども、事故により自他の死傷の結果を招来した場合には、学校の教育活動に支障をもたらすことは明らかであるし、生徒がバイクに熱中して学業を疎かにするときは、学内における教育環境を乱し、本人及び他の生徒に対する教育目的の達成を妨げるおそれもあるのであるから、これを規制することも、本件高校をとりまく前記認定の事情の下では、学校設置の目的達成のために許されるものというべきである。

殊に、本件生活指導規定の目的に加え、右規定は、就職のため真に運転免許を必要とする生徒に対しては免許取得の途を開いていること、その制定について父母の多くから支持されていること、本件高校では、右規定制定後、バイクによる死傷事故は発生しておらず、事故防止の成果が上がっていると認められること、被告がバイク禁止を教育方針として重視してきたこと、右規定の内容は、全国高等学校PTA連合会の決議に歩調を合わせたものであって、同様のバイク規制は全国の高等学校でも広く行われてきたこと等を併せ考えると、本件高校が右規定によって生徒のバイクの免許の取得及び乗車を禁止してきたことは、社会通念上十分合理性を有するものというべきである。

(二)  もっとも、前記認定のとおり、その後、バイクの免許の取得等を一律に禁止する措置に対して批判も生じており、全国的にも、バイクの免許の取得を禁止する高等学校の割合が減少する傾向が見られ、また、免許の取得を容認した上で免許の取得者に対する交通安全教育を充実し、徹底することによって高校生の交通事故死の減少を図ろうとする例も見受けられる。

バイクの免許の取得等は本来的には生徒の学校外の生活にかかわることで、学校はその設置目的に関連する範囲内において規制の対象としうるものであることに鑑みると、学校によるバイクの免許の取得等に対する規制は、学校の置かれた事情により色々な態様が有り得るのであり、教育の実践の場における賢明な選択に委ねられる点が大きい。右選択は、それが合理的なものと認められる限り、他により賢明な方法があるからといって、違法の評価を受けるものではなく、より賢明な方法への変更は、教育関係者の叡知によって実現されるべきで、法によってこれを強制すべき性質のものではない。

(三)  以上のとおり、本件生活指導規定の違法を理由として、本件退学処分は違法であるとする原告の主張は、その前提を欠き、失当である。

三本件退学処分における裁量権の逸脱の有無

1  本件退学処分に至る経緯

<証拠>並びに弁論の全趣旨を併せ考えると、次の事実が認められる。

(一) 原告による免許の取得等

原告は、本件高校第一学年に在学していた昭和六一年一二月二四日、自動二輪の免許を取得した。

原告は、昭和六二年四月二五日ころ、自己の負担で中古の自動二輪車(四〇〇cc。代金五二万円)を購入した。右購入について、原告の父親は反対したが、母親は原告が友人から借りたバイクに乗車して事故を起こすことを心配し、むしろ自分の車を持たせた方が良いとの意向を示したため、結局父親も折れ、(1)夜間・雨天時は乗車しない、(2)スピードを出さず、安全運転をする、(3)車の維持費・ガソリン代は自弁する、(4)勉強を怠らない、等の条件付きで右購入を了承した。

原告は、両親の営む店舗を手伝うため、自宅と同店舗を往復するほか、遊びの目的でも自動二輪車に乗車していた。ところが、原告は、同年一一月二三日ころ、バイク仲間の友人がバイク運転中に交通事故で死亡したことに強い衝撃を受け、バイクの運転をやめようと決意して、友人に自動二輪車を売却(同年一二月一七日付けで登録名義を変更した。)し、運転免許証を父親に預けた。

これより先、本件高校では、生徒の中にいわゆる暴走族に加入している者がいるとの情報を得たため、同年六月三〇日ころ、生徒指導部会において、生徒に免許証の提出を呼びかけ、これに応じて免許証を提出した者については、一切処分をしない方針を決定した。原告のクラスを担任する渡部教諭は、原告らクラス生徒に対し、右決定を知らせ、免許証の提出を呼びかけたが、このときは、原告は、提出しなかった。

その後、渡部教諭は、同年一二月ころ、清掃時間に、担任クラスで原告ら数名の生徒と談笑中、話題がバイクに及び、原告らに対し、免許証を持っているなら提出するよう言い、これを聞いた原告は、免許取得の事実が同教諭に知られたものと誤解し、両親とも相談の上、翌日、同教諭に免許証を提出した。同教諭は、原告が十分反省している様子だったため、処分の対象とするまでもないと考え、今後乗車することがないように注意するにとどめ、生徒指導部会等には報告しなかった。

右提出後の昭和六三年一月三、四日ころ、原告は、自宅の近所に住む友人から、五〇cc原動機付自転車の修理を頼まれ、自宅に預かって修理した上、数日後返却した。原告は、右預かる際と返却する際に自宅と友人宅の間を右原動機付自転車に乗車した。

(二) 本件退学処分に至るまでの事実経過

同月二〇日夕方ころ、本件高校に匿名で通報されたという、原告によるバイクへの乗車の事実に関し、翌二一日朝のホームルーム終了後、職員室隣の応接間において、渡部教諭は、第二学年の生徒指導担当教諭である宮尾教諭と一緒に事情を聴取した。両教諭の質問に応じ、原告は、バイクに乗車したことを肯定し、その目的について家業の手伝い、友人宅訪問及び友人にバイクを売却するためであると答え、乗車の回数は三、四回、その日時について一月一三日、一四、一五日ころなどと返答した。両教諭は、原告に対し、乗車の目的、日時、場所を紙に書かせ、乗車の場所が自宅の近辺であるかどうか、暴走族のような行為をしていたかどうか等についても質問し、原告は、いずれも自宅近辺で乗車したもので、暴走行為は一切していないと答えた。

渡部教諭らは、右事情聴取の後、連絡を受けて来校した原告の母親和恵に対し、原告が三回程バイクに乗車した事実を認めていることを告げ、処分が決まるまで自宅で待機するよう指示した。

和恵は、帰宅後、原告から、乗車した事実がないにもかかわらず、一月一三日、一四、一五日に乗車したと答えたとの説明を受け、同二一日の放課後、渡部教諭に電話し、原告の右弁明の趣旨を伝えた。

翌二二日、渡部教諭、宮尾教諭及び生徒指導部会主任である向笠教諭の三人は、生徒指導部会を開き、原告の処分につき協議し、原告が前年六月の免許証の提出を呼びかけた期間の後に初めて免許証を提出したこと、バイクへの乗車の事実を認めていること、和恵の電話の内容からして家庭での指導が期待できないこと等を考慮し、自主退学するよう勧めることに決定した。

和恵は、原告が友人から預かった原動機付自転車を自宅で修理していたことは知っていたものの、乗車したことは知らず、原告の自動二輪車は既に売却済みであり、さらに、原告から乗車した事実がないのにこれを認めたとの説明を受けていたこともあって、同月二三、四日ころ、高山校長に面会を求め、原告がバイクに乗車した事実はないと訴えた。これに対し、同校長からその場に呼び出された渡部教諭は、原告自身がバイクへの乗車の事実を認めている旨説明したにとどまり、それ以上、話は進展しなかった。

渡部教諭は、同月二五日ころ、和恵に電話し、退学処分になれば公的記録に残るが、自主的に退学すれば家事都合による退学とされるだけで、転校等に有利であるとして、自主的に退学するよう勧めた。これに対し、和恵は、乗車の事実関係について説明もないまま自主退学を勧められたとして、これを拒否し、むしろ退学処分とするよう求め、同月二八日、夫と原告の名で退学処分に異議がないとの趣旨を記載した書面(<証拠>)を作成し、これを高山校長宛に送付した。

(三) 本件退学処分の決定と通知

同月二七日、職員会議において、原告によるバイクへの乗車に関する外部からの通報、三回程バイクに乗車したことを原告が認めたこと、原告が前年六月の免許証の提出の呼びかけには応じず、一二月に至って担任教諭に免許証を提出したこと、その際、担任教諭が注意を与え、免許証を預かっていたこと、生徒指導部会では、原告に対して退学を勧告するのが適当であると決定したこと等について宮尾教諭からの報告を受けた上で原告に退学を勧告することが決定され、高山校長は、渡部教諭に対し、原告の両親に自主的に退学することを勧めるよう指示した。

その後、高山校長は、和恵からの前記書面を受け取り、再度生徒指導部会で検討させ、両親が退学処分を望む以上、退学処分もやむをえないとの意見を得た上、同月三日、原告を退学処分にすることとし、原告宛に退学処分通知書を送付した(同月八日到達)。なお、学籍簿には原告に対して退学処分がされた事実は記載されず、家事都合のための退学と記載された。

2  本件退学処分の事由と根拠規定

被告は、原告が自動二輪免許を取得し、その後渡部教諭に免許証を提出するまでの間自動二輪車に乗車し、また、右提出後も免許証不携帯のまま三、四回バイクに乗車した事実が本件生活指導規定に違反するものとして、同規定に従い退学勧告したものの、原告が受け入れないため、右事実が退学処分事由を定めた本件高校の学則一九条四号「学校の秩序を乱し、その他生徒としての本分に反した者」、又は二〇条「生徒で校則に違反し、又は不都合の行為のあった場合はその程度によって左の懲戒を行う。一 訓告、二 停学、三 退学」の規定に該当するものとして、本件退学処分をしたものと解される。

前記認定によれば、原告は、昭和六一年一二月自動二輪免許を取得し、同六二年四月ころ中古の自動二輪車を購入し、同年一二月ころ売却するまでこれに乗車し、その後、免許証を渡部教諭に提出した後の同六三年一月三、四日ころ及び同月九日ころ、修理のために預かった友人の原動機付自転車に乗車した。右免許の取得の事実が本件生活指導規定に違反することは明らかであり、その後売却するまでの間自動二輪車に乗車し、免許証の提出後友人の原動機付自転車に乗車した事実も、右規定に違反するものであることは、多言を要しない。

被告が本件退学処分の事由とする、免許証の提出後、原告が三、四回バイクに乗車したという事実のうち、修理するために預かった友人の原動機付自転車に乗車したことを除く、原告によるバイクへの乗車の事実については、前記認定のとおり、渡部教諭らの事情聴取の際、原告自ら、同教諭らに対し、バイクに乗車した事実を肯定してあれこれ返答しており、このことからすると、右以外にも、原告がバイクに乗車した事実があったのではないかとも一応考えられる。特に、この点に関し、原告は、本人尋問において、同教諭らの事情聴取に際し、免許証を提出するまでの間に自動二輪車を運転した事実について尋ねられていると誤解して、これを肯定したため、その後免許証を提出した後の事実についての質問であると気付いたものの、一旦事実を認めた以上、これを否定することもできず、何らの弁解もしなかったと述べているけれども、右供述をそのままうのみにすることにはいささか躊躇を覚えざるをえない。

しかしながら、前記認定のとおり、原告は、同教諭らの乗車目的に関する質問に対し、家業の手伝い、友人宅訪問、友人にバイクを売却するためであると答えており、実際に原告は、昭和六二年四月から一一月までの間、家業の手伝いや遊びの目的で購入した自動二輪車に乗車していたのであるが、同年一一月二三日、友人の交通事故死を契機に運転をやめようと決意し、そのころ友人にこれを売却した上、免許証も父親に預けている。右決意が友人の事故死という重大な結果を伴う事実を動機にしている上、右決意後、原告が自発的に購入した自動二輪車を手放し、免許証を父親に預けている事実に徴すると、免許証の提出後から本件退学処分までの比較的短い期間中に原告がバイクに乗車した事実があるかどうかは疑わしく、渡部教諭らの乗車目的に関する質問に対する原告の返答の内容からみて、原告は、売却前に自動二輪車に乗車していた事実と免許証を学校に提出した後に友人の原動機付自転車に乗車した事実とを明確に区別することなく答えた疑いが強く残り、原告の前記返答のみを根拠として、免許証提出後、友人の原動機付自転車に乗車した以外にもバイクに乗車したと認定することはできない。

また、昭和六三年一月二〇日夕方ころ、本件高校に対してされたという原告がバイクに乗車している事実に関する通報は、匿名でされたというもので、これに基づいてされた原告からの事情聴取の結果の外には通報に係る内容の裏付けとなる事実はうかがえず、右通報の存在だけではもとより、前記のとおり、原告からの事情聴取の結果を考え併せても、免許証の提出後原告がバイクに乗車した事実を認定することはできない。

3  裁量権の逸脱の有無

(一) 懲戒権者の裁量権

高等学校の生徒に対する懲戒処分は、教育の施設としての高等学校の内部規律を維持し、教育目的を達成するために認められる自律作用であって、懲戒権者である校長が生徒の行為に対して懲戒処分を発動するに当たっては、その行為が懲戒に値するものであるかどうか、また、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決するについては、当該行為の軽重のほか、本人の性格及び平素の行状、右行為の他の生徒に与える影響、懲戒処分の本人及び他の生徒に及ぼす訓戒的効果、右行為を不問に付した場合の一般的影響等諸般の要素を考慮する必要があり、これらの点の判断は、その決定が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、又は社会通念上著しく妥当を欠く場合を除き、学内の事情に通暁し、直接教育の衝に当たる校長の合理的裁量に任されていると解すべきである。

もっとも、学校教育法一一条は、懲戒処分を行うことができる場合として、単に「教育上必要と認めるとき」と規定し、これを受けた同法施行規則一三条三項は、退学処分についてのみ(1)性行不良で改善の見込がないと認められる者、(2)学力劣等で成業の見込がないと認められる者、(3)正当の理由がなくて出席常でない者、(4)学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者、という四個の具体的な処分事由を定めており、本件高校の学則一九条にも同旨の規定がある。これは、退学処分が他の懲戒処分と異なり、学生の身分を剥奪する重大な措置であることに鑑み、当該生徒に改善の見込みがなく、これを学外に排除することが教育上やむをえないと認められる場合に限って退学処分を選択すべきであるとの趣旨において、その処分事由を限定的に列挙したものと解される。この趣旨からすれば、生徒に対し、退学処分を行うに当たっては、他の処分に比較して特に慎重な配慮を要する。

(二)  処分事由等の評価

(1)  原告の乗車行為の態様とその評価

前記のとおり、原告は、本件生活指導規定に違反し、無届で自動二輪免許を取得した上、購入した自動二輪車に乗車し、さらに渡部教諭に免許証を提出した後にも修理するために預かった友人の原動機付自転車に乗車した。

免許の取得と自動二輪車への乗車それ自体は看過できない行為ではあるが、その後、原告は、友人の死亡を契機に自発的に乗車をやめることを決意して自動二輪車を売却し、免許証も父親に預けているばかりか、免許の取得が発覚したものと誤解したことが直接の契機であったにせよ、すすんで渡部教諭に免許証を提出したことからしても、原告が免許の取得及び自動二輪車への乗車について、十分自戒するに至っていたものと認めうる。そして、同教諭は、提出を受けた際、以後乗車しないよう口頭で注意を与えるにとどめ、免許の取得及びそれまでの自動二輪車への乗車の事実について懲戒処分のための所定の手続を採らなかったのであり、その後の乗車の事実がなければ、原告に対し、懲戒処分が行われなかった蓋然性は極めて高いものというべきである。

もっとも、免許証を提出した後、友人から原動機付自転車の修理を頼まれ、自宅と友人宅との間を往復乗車した事実は、渡部教諭から注意を受けた後間もないことで、しかも免許証不携帯であったことからすると問題ではあるけれども、その動機、態様からみて、右乗車自体は偶発的で一時的なものであることは明らかであるから、それほど悪質なものということもできず、右事実をもって、原告に反省の実が認められず、教育目的を達成する見込みが失われたものとまでいうことができないことは明らかである。

(2)  原告の性格及び平素の行状

<証拠>並びに弁論の全趣旨によると、原告は、やや気が弱く、調子に乗りやすい面があるものの、素直で明朗、優しい性格で、情緒も安定していたこと、本件高校一学年時の成績は中程度であり、出席状況も良好であったこと、学校において、指導上問題となる点は見受けられず、本件以外に被告教員らから注意や処分を受けたことはないこと、家庭においても、よく家業の手伝いをしていたことが認められる。

右のように、原告には過去に処分歴が全くなく、平素の行状、性格の面でも格別問題になる点は存在しなかったのであって、今回初めて処分の対象となった原告について、直ちに改善の見込みがないものとして、学外に排除することが教育上やむをえない措置であったものとは考えがたい。

(3)  本件退学処分の原告及び他の生徒に及ぼす訓戒的効果等

前記認定の事実に、<証拠>並びに弁論の全趣旨を併せ考えると、被告は本件生活指導規定の定める免許取得・バイク乗車の禁止を教育方針として重視し、違反者に対して、退学を勧告することにより、その遵守を徹底させていたこと、現実に右規定に違反したことが発覚して、自主的に退学した生徒も過去に存在したことが認められる。右認定事実によると、原告を退学処分にすることによる他の生徒に対する訓戒的効果は大きく、被告がその教育方針である右禁止の徹底のため、原告に対し、厳しい態度で臨む必要があったこともある程度首肯できるところではある。

しかしながら、前記のとおり、本件高校学則二〇条には、懲戒の種類として、①訓告②停学③退学の三種類の定めがあり、<証拠>並びに弁論の全趣旨によると、本件高校においては、従前から生徒に免許証の提出を呼びかけ、これに応じた者に対しては、何らの処分をしないという運用も行ってきたこと、免許の取得が発覚したものの、バイクへの乗車の事実を確認することができなかった生徒に対し、無期停学処分をした例も過去にあったことが認められる。右認定の例に照らすと、原告の免許の取得及びバイクへの乗車の事実について退学以外の処分を科すことによって、被告のバイク禁止という教育方針の維持貫徹それ自体がゆるがせになるということもできない。

(4)  家族の態度等

前記のとおり、和恵は、原告から乗車していないとの説明を受け、被告に対し、原告がバイクに乗車した事実を否定する態度を取ったのであり、和恵の被告に対する説明の趣旨が必ずしも十分には伝わらず、あるいは、表現にも適切を欠く面があったことがうかがえないわけではなく、また、免許の取得を禁止する本件生活指導規定の存在を認識し、これを遵守するとの誓約書を提出しながら、原告が免許を取得し、自動二輪車を購入することを容認した原告の両親に関して、右規定に違反したことについての反省が見られないとして、家庭での指導が期待できないと被告が考えたことも無理からぬものがある。

しかしながら、処分の事由となる事実の一部であるにせよ、自認していない事実を理由として学校を退学となるかもしれないという子の重大な危機に直面し、親として、真実を訴え、あるいは、事実が子により有利に評価されるよう訴えようとすることは避け難いことであり、現に、和恵は、原告がバイクに乗車した事実はないとして、高山校長に面会を求め、その趣旨を伝えているのであり、これに対しては、渡部教諭から、原告がバイク乗車を認めているとの説明がされたにとどまるのであるから、和恵の言動をとらえて原告に対する指導について家庭の協力が期待できないと即断することはできない。

また、高山校長との面会後、和恵は、原告と父親名で退学に異議がないと記載した書面(<証拠>)を提出し、被告は、このことをも考慮して本件退学処分を決定しているところ、退学処分は、校長が教育的裁量によって行う懲戒処分であるから、当該生徒あるいはその保護者がこれを望んだからといって、当然に是認されるものではない。

(三)  裁量権の逸脱

以上のとおり、本件退学処分の事由は、昭和六一年一二月の原告による免許の取得、同六二年四月以降一一月ころまでの自動二輪車への乗車、同年一二月に免許証を渡部教諭に提出した後三、四回バイクに乗車したことの各事実であるが、そのうち、免許の取得と免許証を提出するまでの間の自動二輪車への乗車については、担任限りではあるものの、免許証を提出した際に格別懲戒が問題とされず、一応不問に付されたと考えられること、右事実は、免許証を提出した後のバイクへの乗車の事実が発覚したことから、懲戒事由とされたところ、免許証を提出した後のバイクへの乗車は、修理のために友人の原動機付自転車を預かった昭和六三年一月三、四日ころ及び同月九日の二回にとどまり、他にはバイクに乗車した事実を認め得ないことの外、処分対象となった行為の軽重、その影響等前記認定の諸般の事情を併せ考えると、原告に対しては、他の懲戒処分によっても教育の目的を十分達しえたものというべきであり、原告にはもはや改善の余地はなく、同人を学外に排除することも教育上やむをえなかったものということは到底できないから、本件退学処分は、社会通念上著しく妥当性を欠き、懲戒権者である校長の裁量権の範囲を逸脱した違法な処分である。

四被告の責任

高山校長は、被告理事としての職務の執行として、本件退学処分を行ったのであり、違法な本件退学処分を行うにつき過失があることは明らかであるから、被告は、私立学校法二九条、民法四四条一項に基づき、不法行為責任を負う(これについて、別に債務不履行責任を論ずる必要はない。)。

五損害

1  物的損害

<証拠>並びに弁論の全趣旨によると、原告は、本件退学処分を受けた後である昭和六三年九月二八日ころ、大学入学資格検定のための予備校である第一高等学院に入学し、平成元年一〇月まで同学院に通学し、同学院に対し、入学金一六万円、昭和六三年一〇月分から平成元年一〇月分までの授業料六七万円、合計八三万円を支払ったこと、本件高校三学年時に被告に納入すべき授業料等学費は三四万五三〇〇円であることが認められるが、原告が同学院に納入したと主張する授業料のうち、右金額を超える部分については、これを認めるに足りる証拠はない。

原告は、前記不法行為により、本件高校の教育施設を利用して高等学校教育を履修する機会を失い、これに代わり、高等学校卒業者に与えられる大学入学資格を得るため、大学入学資格検定(学校教育法五六条、同法施行規則六九条四号参照)準備のため、前記第一高等学院に通学することを余儀なくされたのであるから、これにより要した余分の支出(同学院に納入した入学金及び授業料から、被告に納入すべきこととなる第三学年時の授業料等学費を控除した額)は、被告の前記不法行為と相当因果関係がある。

なお、原告は、被告に納入した入学金、施設設備費、後援会入会金及び第二学年時の授業料等学費をも本件不法行為による損害に当たると主張するが、右金員はいずれも原告が退学するまでの間、本件高校において教育を受けるための費用として被告に納入されたものであり、被告の前記不法行為による損害とはいえない。

2  慰謝料

被告の本件不法行為により、原告は、高等学校から退学処分を受けるという不名誉を被ると同時に、将来の進路にも影響を受け、少なからぬ精神的打撃を受けたものとは認められるが、他方、本件高校が免許の取得、バイクへの乗車を禁止しており、原告は、右違反が発覚した場合には退学処分に従うとの誓約書まで提出しながら、右誓約の趣旨に反し、本件退学処分に至る原因を自ら作出しているのみならず、処分事由とされたバイクへの乗車の事実に関する事情聴取に対して適切な応答をしなかったことも、高山校長が本件退学処分を決定するに至った原因となっていることをも併せ考えると、原告の精神的苦痛を慰謝するには金五〇万円をもって相当とする。

3  弁護士費用

原告が、原告訴訟代理人らに本訴の提起を委任したことは当裁判所に明らかであるところ、本件事案の難易、本訴請求額、本訴認容額その他諸般の事情を斟酌すると、被告が賠償すべき弁護士費用の額は、金一〇万円とするのが相当である。

六以上の次第で、原告の本訴請求は、金一〇八万四七〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和六三年二月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。

(裁判長裁判官江見弘武 裁判官貝阿彌誠 裁判官福井章代)

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